本日、日曜日。





まだ、早朝とは言え、外は暗かった。







それは・・・





お天気:雨。






雨。


雨。












大雨。












昨日とは打って変わったような天気に





やっと空は私を慰めようとしてくれるのだと、













ちょっぴり嬉しかった。


















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   30 -bivio-













『俺を退屈させんどいてな?』


彼はそう言った。








それは言葉の通り、暗に




『俺を楽しませろ』



と言っているわけだ。




















つまりは、私に彼の玩具となれといっているのだ。





彼を楽しめるためだけ私は存在しなければならない。














つまらなくなったら、ポイッと簡単に捨てられる



玩具その物だ。







































!!」


「・・・・・・・っ!!」


不意に名前を呼ばれ。



私は大きく目を見開き


大きく瞬いた。







目に映るのは見慣れない天井に・・・



久しぶりに見た男の顔。














そして、私はやっと自分が目を瞑っていたことに気付く。



―眠っていたのか・・・・・?



それすら曖昧なほど、私は熟睡していたのだろうか。










、今日はどうした?」



仰向けに寝ている私の横で、男がタバコに火をつける。

どうやらかなりご立腹のようだ。






灰皿を人差し指で律動的に叩いている音が耳に響いた。







「何か、いつものらしくない。」


「そう・・・・?そんなことないけど・・・。」






「久しぶりに電話くれたかと思えば、心ココにあらずって感じだし。あんまり感じてくれてないみたいだし?」

男は怒り任せに灰皿にタバコを押し付けると、ベッドから立ち上がる。






年季の入ったベッドがその反動で激しく揺れる。

























昨日の夜、自分の家に帰宅した瞬間、よく分からないけど・・・・

物凄い虚無感に苛まれた。








視界がチカチカして、頭の芯が何だか痺れている様な感じだった。










酷く苦しくて、どこかしこも引き裂かれているかのような鋭い痛みが走る。












私は自分の体を両手でギュッと抱きしめ、足を折り、体を丸めた。


ばらばらになりかけた、全身を守るかのように。










この体中に走る激痛も、悲しみも、何もかもが心から来ているものだということはわかっていた。




だけど。


そんなにも私の心が大きく揺さぶられている理由が分からない。
















一体何がそんなにショックだったのか。





忍足先輩にばれそうなこと?



自分の愚かさ加減?









それとも・・・・










どこまで行っても人間扱いされないこと?

















分からない。

自分の心なのに分からない。

何も分からない。












そう思うと、また胸がキュッと締め付ける。





徐々に息も満足に出来なくなってきて、

苦しくて仕方がなくて、







私は無意識に携帯に手を伸ばし、アドレス帳を開き、適当に電話した。









それはもちろん正真正銘私の携帯である。


昨日、忍足先輩のもとから帰ってきた携帯だった。























∽    ∽     ∽    ∽






忍足先輩の部屋を出ようとしていた時だった。








「あーそうやった。これ返したるわ。」

そう言って彼が出したのは、私の携帯だった。




私はすっかり忘れていたのだけど、よく考えたらこれを取りに来たようなものだから返してもらうのが当然と言えば当然なのだが・・・・









こんなにも簡単に返してくれるのが凄く不可解で、私は思わず






「携帯・・・・・・返して良いんですか?」

そう聞き返していた。






「もう必要ないやろ?」




「とんずらするかもしれませんよ?」








「この携帯は俺がお前を見つけたきっかけに過ぎん。もう、必要あらへん。






それに・・・・







お前はまた明日、自らの意志でここに来る。」



忍足先輩の言葉は自信に溢れていた。


どこまでも私を馬鹿にしているようで不愉快ではあったが、確かに私は明日ココに来るだろう。







いや。

こなければいけないのだ。




けど、やっぱり彼の思い通りになるのは不愉快だ。







「そんな断言して良いんですか?」










その言葉に忍足は笑い。



そして、携帯を私に向かって高く放り投げ












そして、私はそれを受け止めた。













∽    ∽     ∽    ∽

























―そうだった・・・・・・。それで、今ココにいるんだ・・・・・・。







忍足先輩の笑った顔を思い出しながら、私はようやく今の私の状況をはっきりと理解する。





隣で、私に背を向けた状態で衣服を身に着けている男の背をじっと見つめた。





―こいつ・・・・・誰だっけ・・・・・?












何となく顔に見覚えはあるのだが、イマイチはっきりしない。

ランダムに選んで電話したから名前も確認していないし。






きっとお金をそんなに持ってない男なのだろう。




それでも、私が携帯に登録していたってことは、何らか私に与えてくれる物があるはずなのだが・・・・・














私の『友達』にしては年若い。

おそらく十代後半から二十代前半くらいだろう。




全体的に黒みがかった茶髪に、一部赤いメッシュが入っている。







美形で整った顔も、その眼があまりに鋭過ぎて・・・・。










話し方は柔らかいのに、どこか冷え切っているような感じが拭えず、決して優しい人には見えないから不思議だ。









まぁ、彼がどんな人間であるにしろ、携帯に登録しているからにはこのまま帰すわけにはいかない。


















私はゆっくりと体を起こす。




体を唯一隠していたタオルケットもゆっくりと私の体から滑り落ち、私の胸から臍にかけて、徐々に裸体が外界に晒される。






胸の辺りに赤いマークがたくさん存在していたことが、情事の後だということを切実に物語っていたのだが、


さっぱり覚えていないから凄い。












それでも・・・・・






「ゴメンなさい。最近変な人に付きまとわれてて疲れてたの。」


ここで『友達』を失うわけにはいかなかった。






私は服を一切身に纏わない姿でベッドから降りると、やっと衣服を身につけた男の体を後ろから抱きしめ、そのタバコくさいシャツに頬を寄せながらそう言った。








「それ、マジか!?ストーカーってやつか?」


「そうなの。だから、今日は本当にゴメンなさい。恐くて、寂しくて・・・・・誰かに一緒にいてもらいたかったの。」

そう言って私は抱きめた腕の力をわずかに強める。






「そうだったのか。こっちこそ悪かったな。知らずに怒ってしまって・・・・」


「ううん!電話かけたらすぐ飛んできてくれて嬉しかった。」





からの呼び出しならいつでも飛んでいくさ。」






「ありがとう!」


私は男の背から顔を上げると、満面の微笑みを私を見下ろす男へと向けた。



演技している時だと、こんなにも容易く笑えるのに、どうして素の私だと笑うことも泣くことも出来ないんだろう。





私は真剣な話をしながら、

演技している最中ならわずか3秒で泣ける自分に、実は女優の才能あるんじゃないかとか、



そんな、ばかげたことばかり考えていた。









「でも、良かった・・・・。あんまり気持ち良さそうじゃなかったから、もう俺飽きられちゃったのかと思うと恐くて・・・・・・」


「そんなわけ無いじゃない。凄く気持ちよかったよ?」













嘘。






全てが嘘ばっかり。





気持ち良かったなんてのも大嘘。










したことすらほとんど記憶に無いのに、気持ち良かったかなんて分かるはずも無い。















けど。

それは別にこの男のせいじゃない。






私がおかしいのだ。









今まで何度もセックスしてきたけど、一度足りとも気持ち良いだなんて思ったことはない。











何にも感じないのだ。





敢えて言うなら、どちらかと言えば気持ち悪い、というべきだろうか。









あとは・・・・









最初の時、凄く痛かったことだけは良く覚えている。














それが体の痛みだったのか。






それとも


















心の痛みだったのか。

















それは、今となってはもう分からない。





















男は私の方を勢い良く振り返ると私を力いっぱい抱きしめた。







タバコの匂いなんて大嫌いだし、抱きしめられることも息苦しくて苦手だったが、その匂いに雑じったムスクの香りがやけに私の心を安心させる。


私は胸に顔を預けたままゆっくりと目を瞑った。








「そのストーカー野郎・・・・俺がヤッてやろうか・・・・・?」

不意に頭上から降りてきた男の声は、先ほどまでとは一変して低く、その声音にはゾッとするほど冷たい。





常人が出そうと思っても出せない声。










―あぁ・・・・・そうだった。










今ので思い出した。









彼の名前は・・・・・















「そんなことしなくても大丈夫だよ。ありがとう、リョウくん。」




私はやっと思い出した名前を口にした。








確か。

某有名暴走族の元リーダーだった男。












出会ったのは本当に偶然だった。




偶然道端で拾って、








そして。


使えそうだと思ったから








餌付けした。









金はあまり持ってないけど、人脈はあるしその名前自体に価値があるのだ。











だから、


『友達』として私の中に残っている。












Give and Takeの『Take』が=『お金以外』というのは、その中では彼くらいだろう。



けど。

普段はあまり役に立たないから、ほとんど私から連絡することも無かった。









というわけで、すっかり忘れていたわけだが・・・・・・
















私は男の胸に顔を埋めながら






そう言えば氷帝テニス部の『リョウくん』とは偉い違いだ・・・・


なんてどうでもいいことを考えていた。






本当に緊張感ない自分の思考回路に笑えてくる。





















「ねぇ・・・・私に出来ることって何かなぁ・・・・?」

男の顔を上目遣いに見上げてゆっくりと首を傾げると、自分でも吐き気がするくらい甘ったるい声で私は尋ねる。


これも、どうでも良い質問だった。






けど、何となく思いついて・・・。









勝手に口から滑り落ちていた。












に出来ることなんて山ほどあるだろ。」


「それってなに?」


「俺を幸せに出来るとか?」

そう言って男は笑う。




冷たい顔立ちが一瞬にして緩むのを見ると、何だか居た堪れなくて、凄く不思議な気分になった。








ふざけたような言葉だけど、真実なのだろうから怒れないし、笑えない。







「一体、リョウくんは私の何がそんなに好きなの?私の良い所って何?」




「優しいし、綺麗だし、頭が良い。






それに何よりも人を魅了する力がある。」














―人を魅了する力・・・・・・








それは思いもよらぬ言葉だった。


『優しい』も『綺麗』も『頭が良い』もそう見せるように演技しているのだからある程度は予想できた。









けど・・・・。











彼と私の体の間に手を挟むと、そっと男の体を押して体を離し、そしてもう一度見上げた。






「私は人を魅了する力なんてないよ。」


それは本音だ。





だって。












もし人と魅了する力だが私にあるのなら・・・・




愛される才能があるのなら・・・・・












今、私がここでこんなことをしていることはないから。









必要性が無いから。











通りがかった親子に自分を重ねるくらい憧れた普通の生活は、








今となっては夢の世界、

いや、というより空想の中だけの世界。






まるでファンタジー小説でも読んでいるかのような、そんな感覚にしか思えない。























不意に男は強引に私の顎を掴み、上を向かせると






キスをしてきた。













軽く触れるようなキス。













「俺はお前のためなら何でも出来る。




他の男達だってそうだろう・・・・?」










私が何をしているか知っていても私を好きだという男。





そう言えば他の男達もそうだ。









口々に「愛している」だの「お前の欲しいものは何でもやる」だの呟く。








別にそんな言葉をいちいち信じちゃいないし、別にときめいたりもするはずもない。












だから今の言葉にも別にときめいたりもしない。





けど。








彼のその言葉は心からの真実だということだけは理解できる。




強い意志を秘めた鋭い切れ長の瞳が何も言わずとも告げていた。












―どうしてこんなに懐かれたのかな・・・・・?









初めて出会ったときは誰も寄せ付けない、手負いの獣のような感じだったのに。










年下に懐かれるならともかく、年上に懐かれるというもの微妙な話ではあるが・・・
















まぁ、私に必要なのは過程ではなく結果なのだから、別にどうしてここまで懐かせることが出来たのか、とか。


そんなのどうでも良かった。






真実は、ただこの男は私にとって利用価値のある男になった



ということだけ。


















「ありがとう。嬉しいよ。」


そう言って微かに笑みを浮かべるが、口先だけの言葉だった。








思考回路はすでに次へと向かっている。








私は彼から離れると、


床に散らばった下着と服を拾い集め、浴室へと向かう。










もう少ししたら忍足先輩の家へ向かわなければならないのだ。



こんな、行為の後であると自らばらしているような姿や臭いをさせて行くわけにはいかない。








―ったく面倒臭い・・・・・・・




内心そう吐き捨てると、私は覚束ない足取りで前へと進む。







そんな私を黙って見守っていた男が、次に声を上げたのは、



丁度私が浴室のドアを開けようとした時だった。









の思った通りに生きれば良い。それがに出来ることだ。」














その言葉を聞いた瞬間。



私の中で何かが音を立てて弾けた気がした。








浴室のドアに手を当てたまま私は固まってしまう。


だって。









それは、私の答えそのものだったから・・・・。



















―そうか・・・・・・そうだ・・・・・・・・・・・・





私は右手を口元まで持っていくと、人差し指と中指の爪を軽く噛んだ。












何を悩む必要などあったのだろう。





私に出来ることなど一つしかないのに。











私は泥塗れになりながら・・・・



地面に這い蹲りながら生きてきた。













一生懸命、自分に出来ることを探して。








つまり、私に出来ること=私がしてきたことなのだ。


















だったら。










私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

















私は踵を返して、男の方に駆け寄ると、


再び男の胸の辺りに手を伸ばし、ギュッと抱きつき、抱きしめた。









「ありがとう。貴方のおかげで自信が持てた。」






両手を彼の首に回すとグッと強引に引き寄せ身を屈めさせ、私は踵を出来る限り挙げて


彼の頬にキスをした。

















馬鹿みたいだ。



何を今更普通の女の子の物差しで色々と測っていたのだろう。











私に出来ることなんて僅かしかないのに。









思わず口元が歪む。



















次に忍足侑士に会う時は、










 として。




























∽     ∽      ∽      ∽





男とホテルで別れた私はすぐに家に戻った。












もう要らないものかもしれないけど・・・・






一応男の格好だけはしておこうと思って。








だって、これは今から始まる新しいゲームに必要な布石の一つ。















そして。






戦闘準備を終えた私は








まだ完全には日が昇りきっていない道へと出て行った。


















約束の場所へと。






























地図は見なくても、もう場所はしっかりと覚えていた。













到着したのは昨日と同じ時刻。







だけど、


今日は入るのに迷ったりしないから。







時間で言えば、昨日より早くなるだろう。












今日もインターフォンからは誰の声も聞えてこない。

























唯一違ったのは










「いらっしゃい。」




忍足侑士が奥の部屋ではなく玄関先で、

腕を組み壁に持たれかかるようにして私を出迎えたこと。











もちろん口元には笑みを浮かべて。













だから、私もゆっくりと微笑んだ。


























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