後から思えば・・・・
最初は
深く被った帽子から不意に僅かに見えた、強く鋭い君の瞳に心を奪われ
そして・・・
照れて困った顔をした君の美しさと可愛さに
一瞬にして俺は胸を射抜かれ
恋に落ちたんだ。
君に恋に落ちたのはもっと後だと思ってたけど・・・・
きっと、あの時すでに俺は恋に落ちてたんだね。
一目惚れだったんだ。
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21 -destino-
「ワカメ頭だと・・・・・・?」
耳を疑った。
少し離れたところに立つその少女にしばし瞠目する。
帽子を深く被っていてよく顔は見えないが、ギャル系では確実に無いだろう。
どちらかと言えば清楚可憐で大人しそうな女の子に見える。
そんな子が例え切原くんに喧嘩を売られたとは言え、まさか普通に喧嘩を買うどころか、さらに吹っ掛けてくるとは誰が思うだろう。
今までの会話を聞いていたならなおさらだ。
普通の神経している女の子だったらあっくんや切原くんのような恐ろしいオーラを醸し出している二人を前にしているだけでもビビリ上がるのに。
しかも二人は喧嘩の真っ最中で。
明らかに自分が標的にされそうになり、怒鳴りつけられ。
普通の女の子があれだけ平然にしていられる訳がない。
しかも彼女は反撃し返したのだ。
男4人を前にして、少しも怯むことなく。
喧嘩を売った本人でもあり、反対に売られた本人でもある切原君を横目でチラっと見つめる。
あまりの衝撃に彼は口をパクパクさせて呆然としていた。
他の二人もそうだ。
さっきまであれほどまでに激昂していたあっくんでさえその怒りはどこへと言ってしまったのかというほど眼を白黒させて女の子の方を凝視していた。
「あっ、ついでなんで一つ聞いても良いですかね?」
俺達を凍りつかせた当の本人は飄々としてそう言ってのけた。
先程自分が言ったことなどまるで無かったかのように、彼女は無表情で俺達のところへ歩み寄ってくる。
俺達はどうしたら良いか分からなくて、とりあえず黙って彼女が俺達のところまで来るのを待った。
彼女が俺たちに聞きたいこととは一体何なのだろう。
そんな不安のような疑問をそれぞれが胸に秘め・・・・。
彼女は俺たちから2m程離れたところで一度立ち止まって俺達を見渡すと、俺の顔を見て一瞬視線を止める。
「ねぇ。そこのオレンジの髪の人?」
そう言い、俺に向かって話しかけてきた。
ここは・・・
『らっき〜!もしかしてこの女の子俺に気があるのかな?』
と普段の俺だったら普通にそう思っていただろうが、彼女の声色がそうではないことを切実に物語っていた。
ただ、この中で一番俺に対して話しかけやすかっただけだろう。
「はい。何でしょうか?」
思わず俺は敬語になってしまう。
だって、この子・・・・・・・・・何か
恐いんだもん。
我ながら情けないことだが、あまりお近づきになりたくない感じだ。
「あの・・・・私、迷子になってしまったみたいなんですが、ここは一体どこですか・・・?」
「はぁ・・・?」
俺は一瞬耳を疑った。
態度と言葉があまりに噛み合ってない。
「あの・・・・・・・・それは一体どういう・・・・・。」
「だから、私は迷子なんです。ここはどこですか?」
どこと言われても・・・・。
町の名前を言えばいいのだろうか?
けど、迷子の人に町の名前を言って分かるのだろうか・・・・?
俺は返答に困って、助けを求めるように他の三人の方を向く。
そして、切原くんの方が微かに震えているのを発見する。
笑っているのだろうか、泣いているのだろうか・・・・?
そう思って僅かに身を屈め彼の顔を覗き込もうとした、
その時だった。
「ぶはははははははははははははは!!!あんたさ、ばっかじゃねーの!!?」
突然、切原君が目の前の少女を指差し、腹を抱えて爆笑し始めた。
「おい!赤也!!困っている人を馬鹿にしたように笑うもんじゃねぇだろうが!!」
ジャッカル君がそう諌めるが、
「だって、こいつあんな偉そうなこと言っておいて・・・・・ぷぷっ・・・・・迷子だってさ・・・・・ぶぶぶ・・・・・・ぶはははははっ!!」
自分で言って自分で益々爆笑している。
呆れた表情で俺達は切原君を見つめながらも、内心確かにおかしくて堪らなかったし、不思議だった。
そして、同時にこのまま切原くんが暴走し続ければ、今度はこの女の子と大喧嘩になるのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。
俺達は恐る恐る、ゆっくりと視線をその少女に戻す。
きっと怒っているだろうな・・・・と思って。
けど。
視線を向けた俺と、俺の方をじっと見つめる彼女の視線が再び交わった。
瞬間。
体中に電流でも流れているかのような、そんな感覚が走り抜けた。
先程も、確かに眼が合った気がした。
でも少し離れていたから気付かなかったんだ。
深々と被った帽子から一瞬見えた瞳。
意思の強さ表すように強く輝き、鋭く、でも物凄く冷たい瞳だった。
体が不随意にブルリと震える。
「偉そうなのは元からよ。それにさっきのはアナタが先に喧嘩を売ったんでしょう?」
そう言った彼女は凄く冷静で、全く怒りなど感じさせなかった。
「ブスにブスって言って何が悪いんだよ!」
「ブスにブスって言っちゃダメでしょう。それが人としてのマナーよ。」
あえてブスという言葉を否定せずに、冷静に言葉を返す。
自分がブスではないということに余程自信があるのか、それともブスと言われることにもう慣れてしまっているのか。
それか・・・・・
自分の外見にあまり興味がないのか。
初めて会ったばっかりなのに、不思議で堪らなくて。
つい数分前まで『あまりお近づきになりたくない』と思っていた自分が嘘のように・・・・
無意識のうちに俺は自分でも驚くほど彼女に惹かれていた。
きっと、今まで見たことが女性のタイプだからだろう。
良くも悪くも、人間という者はあったことのない部類の人間に会うと気になるものだ。
自分のそんな気持ちに気付かずに俺は何となく不思議な彼女に意地悪したくて、
「迷子なんだったら、そこに見える駅に行けばどこかすぐ分かったんじゃないの?」
思った疑問を素直に口にする。
ココのコートのすぐ隣には駅がある。
普通の人でも、行くとしたらここよりも、駅を選ぶだろう。
大体、駅であれば、少なくとも一人は人がいるだろうし、それに路線図でも見れば自分が今どこにいるのかなど一発で分かる。
しかも、彼女は怪我をして杖を突いて歩いているのだ。
そんな人間がわざわざ階段を上ってまでテニスコートに来るだろうか。
それとも、もしかしてそんなこと考えてしまうコト自体俺の意地が悪いのだろうか。
『駅』という言葉に、切原君と口喧嘩途中だった彼女の体がピクっと動く。
そして、探るように眉を顰め俺の方に顔を向ける。
「駅?」
「そう、駅。」
そう言って指差した方向に彼女は視線を向ける。
「あっ・・・・・・・・・・本当だ。」
どうやら彼女は本気で驚いたらしい。
ややあって、彼女は帽子の鍔を握るとより恥ずかしそうにより深々と帽子を被る。
その様子に呆気にとられたのは俺だけじゃなかった。
「まさか、本気で気付いてなかったのかよ。」
思わずジャッカル君がそう尋ねてしまうほどだ。
切原君はまた大爆笑し始める。
「人のことワカメ呼ばわりしやがって。てめーの脳みその方がワカメなんじゃねーか!?」
わざわざワカメを持ち出すところからすると、よほど先程のワカメに腹が立っているようだ。
あっくんへの怒りも全て彼女に向いていて、切原君は笑いながらも物凄い殺気を漲らせていた。
けど、当の彼女はそんなこと全く気にする様子も見せない。
「煩いわね・・・・。あんたに言われたくないわよ・・・・・。」
声色はさっきと変わっていないが、またより深々と帽子を被って顔を見せないようにする彼女の姿に、俺はどうやら彼女が照れているのだろうと分かる。
その様子をぼうっと見ていた俺は・・・・・
「邪魔だな・・・・・・・」
彼女を隠す少し大き目の帽子を俺には何だかうざったく感じ、思わずそう呟いていた。。
同時に先程の目を思い出し、照れた彼女は一体どんな感じなのだろうと疑問に思ったのだった。
俺は一歩前に踏み出す。
「ねぇ。」
「何・・・・・?」
「質問に答えてあげたんだからさ、俺の質問にも答えてよ。」
彼女が一瞬顔を顰めたのが分かった。
「・・・・・・・・・・何・・・?」
その彼女の顔が何だか面白くて俺はプッと噴出す。
「名前、教えてよ?」
俺は首を傾げながらそう言っていた。
驚いたような顔をしたのは彼女だけではなかった。
あっくんも切原君もジャッカル君も・・・・
みんな驚いて俺を見つめる。
ただあっくんだけは、その中に『このナンパやろうが』という呆れも含まれていたが。
答えてくれないかと思った。
けど、
唐突な俺の質問に彼女は少し不愉快そうな顔をしながらも小さな声で
「・・・・。」
とだけ口にしてくれた。
「下の名前も。」
「・・・・・・・」
何でそこまで言わなくちゃいけないんだ、と彼女の顔には書いてあったが、俺はそんなこと全く気にせずニッコリと微笑んだ。
「下の名前も教えて。」
彼女は大きくため息を吐く。
「・・・・・・・。」
「ちゃんかぁ・・・・・良い名前だね。」
そう言って笑った次の瞬間、
俺は不意にちゃんの帽子を取り上げた。
「なっ!!」
帽子を取られた彼女が驚いて俺を見上げたのと同時に強い風が吹き、彼女の漆黒の綺麗な髪を掻き乱す。
まるで神様の演出なのかとでも思わずにはいられないくらい。
その様子が艶やかしかった。
風が通り過ぎた頃、取り上げた帽子を人差し指の上でくるくると回しながら、俺は
「君にはこの帽子は似合ってないよ。もっと顔出した方が・・・・・・・・・」
そういいかけて、
俺は息を呑んだ。
乱れる髪を片手で押さえ、睨みつけるように俺を見上げる彼女。
髪の色と同じ漆黒の瞳。
つい先程までも確かに、彼女の眼の強さをひしひしと感じていたにも拘らず、俺はあまりの瞳の強さに俺は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
切原君達にもやっと彼女の瞳が見えたのだろう。
他の二人はともかく、切原君はつい一瞬前までギャアギャアと騒いだり笑ったりしていたのに、一気に無言になる。
先程までとは比べ物にならなかった。
直に自分を見つめる瞳に飲み込まれそうだった。
―今までどんな美人と付き合ってもこんなことなかったのに。
確かに俺を見上げる彼女の顔は整っている。
アーモンドのような大きな瞳に長い睫毛、形の整った赤い唇。
下唇が少しふっくらとしていて果実のようだと感じた。
帽子を脱いで、顔がはっきり見えたことで、そのこともはっきりとした。
確かに、綺麗だ。
けど。
俺が今まで付き合った女の子達の中には同じくらい、いやもしかしたらそれ以上の子もいたかもしれない。
なのに、こんなに綺麗と思ったのは、心を動かされたのは・・・・・
初めてだった。
まるで恋に落ちたかのように、心臓が激しく音を立てる。
その激しさは徐々に下も連動し始め・・・・・・・。
俺は自分の体の変化に驚いた。
熱を帯び始めた下半身。
まさかと思ったが、
下半身に熱が集まり、たった女の子に睨まれただけでそこが反応しそうになっているのだ。
そんな自分が何だか、欲求不満みたいで・・・・・
物凄く恥ずかしかった。
俺は彼女の呪縛から逃れるために、話をそらした。
「大体、携帯くらい持ってるんじゃないの?ナビでも使うか、そうでなければ電話かけてタクシーでも呼べばよかったのに。」
俺の言葉につい一秒前まで物凄い目で俺を睨みつけていたちゃんの目から力が抜ける。
キョトンとした顔をしていた。
「まさか・・・・・・・・・・携帯使うことすら気付いてなかった・・・・・?とか・・・?」
見る見るうちにちゃんの顔が真っ赤に染まっていくのが今度ははっきりと眼に見える。
そして、困ったように俺から顔を背けると、歯を噛み締め、指で下唇を力強く摘むんでいた。
どうやら、必死の照れ隠しらしい。
本当に恥ずかしくて仕方が無いのだろう。
真っ赤に染まった彼女の頬を見ながら、まるで瞬間湯沸かし器のようだ、何て馬鹿なことを思っていた。
「・・・・・・・・あぁ・・・・・・やっぱり私どっかおかしい・・・・・・。」
俯き、小声でボソボソと呟いている彼女の声が俺の耳にしっかりと届く。
先程まで、あっくんと切原君の喧嘩を見ても、切原くんに凄まれても、全く表情を変えなかった彼女のそんな少し抜けた姿が物凄くギャップがあって、可愛くて堪らない。
―そうか。
俺はあることに気付く。
何かしっくりこなかったのだ。
それがようやく判明した。
そして、自分の先程の考えを訂正した。
―この子は綺麗というよりも・・・・・
「ちゃんって天然なんだね。」
「天然って・・・・・・・・・・・・・・・・・私を馬鹿にしてるの!?」
そう言って、彼女自身無意識なのだろうが、唇をキッと結びへの字にしてわずかに頬を膨らませ、俺を上目遣いに睨みつける。
そんな彼女を見て、俺は思わず噴き出した。
「何がおかしい!」
「いやいや・・・・・・別に馬鹿にしている訳じゃないよ。
ちゃんって可愛いなぁと思って・・・・・。」
そう、彼女は本当に可愛い。
怒る彼女の手首を俺は掴んだ。
「ちゃん方向音痴みたいだから、駅まで送ってあげるよ。だから、そこのベンチに座って俺のテニスする姿見てて!」
そう言って俺は強引に彼女を引っ張る。
不意を付かれたからか彼女は反抗することなく素直に俺に手を引かれていた。
そして、ベンチに彼女を座らせる。
呆然と俺を見上げる彼女の眼には俺に対する不信感が積もっていた。
『一体、何がしたいんだこいつは?』
という顔だった。
「俺、結構カッコいいんだからそこでちゃんと見ててよ?」
そう言って俺はちゃんにピースすると、再びコートに向かって走り出す。
この時、この行動に特に意味がある訳じゃなかった。
ただ、何となく彼女をこのまま逃がしてしまいたくなかったんだ。
「ほらほら。あっくん試合するよ!!」
そう言って呆然とコートに立ち尽くしていたあっくんに声をかけた俺はかなりハイテンションだった。
BGM:オルゴールの城(music by Sora Aonami)様