何でこんなに腹が立つのか分からなかった。
けど。
床に横たわっている彼の姿。
そして、それを押さえつけている男達の姿を見た瞬間。
目の前が真っ赤に染まった気がした。
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15 -primo amore-
それはつい先刻の事。
「ふわぁぁ〜」
太陽が光り輝いている。
ぽかぽかしてて、凄く気持ち良い。
俺は大きな欠伸をしながら、ラケットも持たずにテニスウェアのままのんびり歩いていた。
目的はもちろん昼寝の場所探し。
別にどこでも良いんだけど一つだけ条件があった。
樺地に見つからないこと。
だって、樺地は跡部に命令されていつも俺を迎えにやってくる。
どこに寝てても、どこに隠れてても必ず。
テニスは好きだけど、気持ちよく昼寝してるところを起こされるのは結構ツライ・・・。
それに・・・・。
最近の跡部って何か恐くて、近付きにくい。
忍足も向日も何だか変だ。
というより正レギュラー達みーんな変だ。
皆、正レギュラーになってから何か変わった。
すげぇプレイヤーばっかしで、あいつらとテニスするのは楽しかった。
わくわくした。
でも、正レギュラーになって・・・・・しかもここ1週間くらいは特に凄く空気が悪い。
一緒にいたくない。
息苦しくなる。
楽しくテニスをしたいのに。
そんなことが最近ずっと頭の中をぐるぐる回っているから、本当はテニス自体目に入れたくないのだ。
俺は足を引きずるように歩きながら当ても無くトボトボと彷徨っていた。
その時だった。
何気なく視線を向けた一点に何かを捕らえた。
「んぁ・・・・?」
少し驚いて、
思わず変な声を上げてしまった。
俺の目に映ったのは一人の女の子の姿。
ドキン!
俺は目を見開いて凝視する。
眠気なんて吹っ飛ぶほどの衝撃で。
俺の心臓はあり得ないくらいバクバクと音を立てていた。
心臓が激しく音を立て。頭がクラクラして。目の前が真っ白になって。
こんな衝撃初めてだった。
―綺麗なコだなぁ・・・・・・
生まれて初めて、女の子を綺麗だと思った。
俺の目は彼女に縛られたままだった。
それから少し歩いた後、彼女はテニス部専用の倉庫の前で止まった。
おいかけて話しかけるのは何だか気が引けて、俺は遠目に彼女を見る。
「テニス部の関係者かな・・・・・?」
女の子でテニス部の関係者と言えば、マネージャーしか考えられない。
だが、あんなコいただろうか。
もちろん全員の顔を覚えている訳じゃない。
むしろ覚えている方が少ない。
でも、きっとあのコだったら一度見たら忘れない自信がある。
「もしかして・・・・最近入ったのかなぁ・・・・。」
最近サボってばかりだから最近入ったのだったら知らなくて当然だ。
でも、跡部たちからそんな話聞いてない。
それに。
マネージャーでなければ良いと願う自分がいた。
彼女は注意深く周囲を見渡しながら部屋の中へと入っていった。
何となく後を追いかけたかった俺は一歩前へ踏み出した。
「あれ?芥川先輩!こんなところでどうしたんですか?」
不意に背後から声をかけられて俺は驚いて後ろを振り返った。
テニス部員が3人。
中央に立っている男には何となく見覚えがあったが残り2人に関してはそれすら無かった。
が、テニス部のジャージを着ているということは一応テニス部なのだろう。
高鳴った鼓動がバレるのが嫌で、俺は『普段通り』を装う。
「別にぃ〜。キミ達こそ練習は〜?」
「あっ、ちょっとこいつが怪我をしたんで、手当てしに部室に行ってるんですよ。」
そう言って男が指差した方を俺も一緒に見た。
確かに膝から血が滴るように流れている。
けど・・・・。
「わざわざ、部室まで行かなくても良いじゃん。マネージャーに手当てしてもらえばぁ?」
男達は顔を見合わせて苦笑する。
「頼んだんですけど、応援に忙しいからって断られました。保健室も鍵が閉まってたので・・・。」
「それに、こういうの今まで自分達で片付けてたんで。何か自分のことは自分でするってのが性に合ってますし。」
「ふ〜〜〜ん。そんなモン?」
―変なの・・・・
色々と引っ掛かることはあったが特にこいつらに興味も無い俺は、それ以上詮索する気も無かった。
それに。
今は、もっと気になることがあったから。
「ねぇ。さっき、そこでテニス部のマネージャーっぽい女の子みかけたんだけど、心当たりある?」
男達の顔が一瞬強張る。
が、すぐに笑みを浮かばせた。
「もしかして、のことですか?」
「こんな瓶底眼鏡かけてて頭ボサボサの・・・・・」
そう言いながら、男は両手を使ってさっきの人物を表現する。
あってるのか間違っているのか何となく微妙な気がしたけど、特徴は確かに合致している気がした。
何か彼らの言い方には凄く悪意を感じたから・・・・。
けど、瓶底の眼鏡なんて今時なかなかかけている人はいないだろう。
「たぶんそのコ。新しくマネージャーになったんだ?」
首を捻らせながら俺は尋ねると、男達もそれぞれに首を傾げて困ったような顔をした。
その意味が分からなくて俺はもっと首を傾げる。
口を開いたのはやっぱり中央に立っていた男だった。
「あの・・・・・ジロー先輩・・・・・?もしジロー先輩が見たのがだとしたら・・・・・
あいつ男ですよ・・・・?」
えっ・・・・?
聞いた言葉が信じられなかった。
「うっそだぁ・・・・。あんな綺麗なのに。」
俺の言葉に今度は男達が首を傾げ、これでもかというほど眉を顰める。
「あれが綺麗・・・・・?」
「こんなこというのも何ですけど、あいつのあだ名『ダサオ』って言ってキモイで有名なんッスよ!」
「しかもすっげぇ性格悪いらしいし。」
男達は口々にそのくんの悪口を言い始める。
けど、俺は途中から話を聞いていなかった。
それよりも。
―男だったんだ・・・・
ガッカリするより何だかホッとする気持ちの方が大きかった。
男だったら、きっと綺麗なままでいられる。
女だったら起こりうる可能性も、男ではありえない。
・・・万が一ということはないだろう。
―友達になりたいな・・・・・
ふとそんな事を思っていた。
「あっ、そうだ!跡部部長がジロー先輩のこと血眼になって探してましたよ。再来週の練習試合について連絡があるとかで・・・・。」
「っ!!」
幸せな気分に浸ってボーっとしてしまってた俺は、いきなり出てきた『跡部』という名前に思わず驚いてしまう。
「うーーーーーーーー。メンドクサイC〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・」
でも、きっと行かなければ跡部にまた怒鳴られる。
今度こそ、樺地相手にプロレスさせられることになるかもしれない・・・・
「それはヤダなぁ・・・・・」
思わず呟いていた。
何だか、一気に眠気が戻ってきたする。
憂鬱だが、もう覚悟を決めるしかない。
折角、跡部のことは考えないようにしてたのに・・・・・
「わざわざありがと・・・・・。早く怪我の治療した方が良いよ〜?」
「はい!ありがとうございます!!」
そう言って男達は頭を下げると、怪我をした男を支えるようにして部室へと入っていった。
その後姿を見送った後、俺も重い足を頑張って動かして、テニスコートへと歩み始めたんだ。
こうやって、テニスコートへ走って向かうのも随分久しぶりな気がする。
だって、最近はずっと樺地が、寝ている俺を肩に担いで運んでくれてたから。
「樺地も大変だなぁ・・・・・・。」
俺は他人事のように呟き、眠たい目を擦りながら・・・・・
跡部の怒った顔を思い出し、一生懸命走ったのだった。
コートに到着するや否や、テニスコートにいた部員達の視線が一斉に俺に集まった。
それは、レギュラー達も例外ではなかった。
「どうしたんや、ジロー!!?」
「腹でも壊したか?悪いモノでも食べたか!?」
素早く駆けつけてくれた忍足と向日が本気で心配そうに俺に掴みかかる。
忍足と向日に交互に両肩を掴まれて、こんな真剣な顔で問い詰められると、迷惑かけてたんだなぁ・・・・と改めて実感し、申し訳なくなってくる。
「でも・・・・なんか失礼・・・・。俺はいたって健康だC〜!」
「普段の行いが悪いからだろ。」
ビクッ!
いきなり死角から登場した跡部に俺は本気で心臓が止まるかと思った。
跡部の眉間には皺が寄っている。
―恐い・・・・
久しぶりに直視した跡部の顔は昔からこんな顔だったっけ?と思うほど記憶の中での跡部と違った。
つまり、簡単に言えば、
恐かった。
物凄い眼力で睨みつけていて、眉間に皺を寄せて、口の端を挙げて不適に微笑んでいる。
「いい加減、樺地の後ろから出て来い。」
跡部が突然現れた時に、反射的に樺地の背中に隠れた俺は、樺地の背中から顔だけ出すと上目遣いに跡部を見つめる。
「だって、跡部怒ってる・・・・。」
怯えた俺の言葉に跡部はより一層目を細める。
少し遅れて、忍足や岳人が笑い始めた。
「そりゃ、跡部が現れた瞬間、怯えるように樺地の背中に逃げ込まれたら跡部でなくても怒るよな。」
「さっきの逃げ足の速さは見物やったで。」
「ったく・・・・・。ジロー・・・お前俺のこと鬼とでも思ってやがるな?」
そう言って、跡部は苦笑する。
何かその笑みが優しくてホッとした。
樺地の背中の後ろからゆっくりと歩み出る。
「だって、跡部が俺のこと必死で探してるって聞いたから・・・。絶対怒られると思って・・・・。」
申し訳なさ気にそう言うと跡部が少しだけ眉を顰める。
「いつも練習にまともに参加しないお前が今更、何言ってんだ?」
「・・・・・・来週の練習試合のことで何か言いたいことがあるんだろ〜?」
「それは昨日もう終わっただろうが。まぁ、お前がずっと寝てたがな。」
跡部は呆れたように舌打ちした。
忍足達は楽しそうに笑い始める。
跡部はそんな彼らを半ば呆れたように横目で見ながら、でも満更ではなさそうで、表情は穏やかである。
けど・・・・・
俺は何だかすっきりしなかった。
跡部が怒ってないと分かって当然安心はした。
忍足達も笑顔で跡部の表情も明るくて・・・
いつもの嫌な空気が嘘のように楽しい感じだった。
久しぶりの・・・・
そうだ。
まるで以前の楽しかったテニス部のようだ。
それでも。
何だか、胸が痛んで。
鼓動が早くなって。
息が苦しくて。
オトコタチハマチガッタダケ?
頭の中にふと浮かんだ言葉。
先程の男達は単に勘違いしただけなのだろうか。
普段の俺だったらそう思って深くは考えなかったかもしれない。
けど・・・・
不意に浮かんだ先程の男達とというマネージャーの横顔が結びつく。
根拠がある訳じゃない。
だけど。
何だか嫌な予感がした。
「ゴメン・・・・」
「あん?」
突然の俺の言葉に跡部が怪訝そうな顔をする。
けど、そんなこと構わなかった。
勘違いならそれで良い。
だけど、もし勘違いじゃなかったら・・・・・
そう思うといても立ってもいられなくて、俺は呼び止める跡部の声にも顧みずにコートを物凄い勢いで飛び出していったのだった。
そしてその後。
倉庫の前に到着し、俺は見る。
わずかに開いた扉の隙間を。
扉に顔を寄せた瞬間。
俺は聞く。
中からわずかに聞こえた低い声
何かがぶつかる様な鈍い音
うめき声
俺の予感は正しかったことを知る。
俺は破裂しそうなほど激しく動いている心臓を無理矢理押さえ込みながら、ゆっくりと扉に手を伸ばした。
数mmほど開かれていた扉が10cm程度の隙間になった時だった。
目に入ったのは、さっきの男達3人と。
そいつらに押さえつけられている
クン。
それから先のことは良く覚えていない。
いや、というよりも、俺の思考回路が動き始める前に体の方が勝手に行動を起こしていたんだ。
とりあえず、物凄い勢いで扉を開けたことは覚えている。
驚いて俺を見つめる4対の瞳。
その中にはどこか虚ろなクンのモノもあった。
それから。
眼鏡のレンズ越しにその彼と目と合った時。
何かがプツンと音を立てて切れた。
それでも、少しは理性が残ってたのかもしれない。
じゃなきゃ。
「今から5秒以内にこの場から消えてくれないかな。
ソレより先に俺の視界に入ったら・・・・・・・」
なんて警告なんてせずにぶん殴ってたと思うから。
きっと、ちょっと前に跡部の優しい顔を見ちゃったからだね。
また跡部に怒られちゃうかな・・・・?
目の前が真っ赤に染まっていて。
心臓の音が嫌というほど体全体に響き渡っている。
自分の心臓の音しか聞こえないほどに・・・・
BGM:光闇世界-モノクロ-様